屋号をさまよう ❻ 言葉の始まり

第6回屋号をさまよう ❻ 言葉の始まり

2023.08.01

3日間のコズフィッシュ生活を終えて、「あの日、起きたこと」を数日寝かす。自分のなかで、「あの日、起きたこと」の意味を考える。

それにしても……コズフィッシュは、わたしが知っている組織とはまったく違っていた。そこには、「忖度」「保身」「癒着」「隠蔽」「恫喝」なんてひとカケラもなかった。少なくともわたしは感じなかった。あるのは、純粋な、至ってシンプルな、モノをつくるコンセンサスと、ほどよい緊張感だ。それ以上でも以下でもない。所属するデザイナーは祖父江さんに教えを乞い、そしてご機嫌に応える。祖父江さんは歩き周りながら鼻歌さえ歌う。何人もの来客があり、何本もの打ち合わせがある。それらは大いに盛り上がる。みんな、少し疲れているが笑顔だ。耳だけを残し、わたしはその場に溶ける。ここは善きところだと思える。「本」に関わる人は、コズフィッシュ生活を体験してみるといいと思う。チャンスがあれば。

あらためてセプテンバーカウボーイ・吉岡秀典さんにメールを入れる。いくつかのやりとりを経て「人々舎」に決定する。ロゴはどんなものになるのだろうか。

人々舎」——ずっと前からどこかにあったような、でも誰から発見されず、拾われることを待っていたような、そんな雰囲気を持つ屋号だ(この時点で、日本にこの屋号は存在しなかった)。わたしが拾ったというか、元々拾うように決まっていた——拾わされた——というか、そんな不思議な感覚があった。そういえば、最初に決めていたことの3つのうち、

1 「舎」を入れる。
2 手触りがあり自分と離れてない。大事にしていることがわかる。
3 あいまいな間(あわい)を、境界を表現する。

1と2は含まれていた。3については、今となってはもうどうでもよい。どうかしていた。「人々」を辞書で引いてみた(辞書が好きなので)。

ひと・びと【人人】
1 多くの人たち。めいめいの人たち。一般の人たち。
2 多くの女房・召使たち。
3 (複数の人たちに対して代名詞ように用いて)みなさん。あなたがた。

大辞泉【第二版】より

著者も読者も「本」に関わる人はみんな個人だ。しっくりくる。控えめに言って——自分にとって——これ以上の屋号はないだろう。とうとう屋号が決まったのだ。

しばらくして、吉岡さんの手により「人々舎」のロゴが完成した。


だが奇妙なことに、ロゴを受け取ったときの記憶が曖昧だ。吉岡さんの事務所だったことは確かなのだが、打ち合わせをしたのか、ロゴを受け取りに行ったのか、何なのかがハッキリしない。ほかの「重要な日」はしっかりと覚えているのに——メールに、手帳に、日記に、それぞれ書き残してある——この日だけは、どれだけ調べてもわからなかった(消えた)。前後から判断すると、おそらく2020年12月の頭あたりのはずだ。何らかの打ち合わせのあとに、ロゴが印字してあるプリントアウトをサラっと渡してくれた。

慎重に書こう。受けとったとき、特別な感慨は何もなかった。なぜなら「人々舎」に決まり(もうこれでしかない、こうするしかない、こうしますかー)吉岡さんがロゴデザインするとなった時点で、「あ、もう、これでいい」と思えたから。どんなロゴが上がってきても、同じだったと思う。「これが人々舎のロゴなんだ」となっただろう。そこに「ロゴ」がある。それだけだ。もともとこうなると決まっていたものを、吉岡さんが整えた、とでもいうか。ただ……そこには、わたしが大切にしていることが具現化されていた。「すべてはこのロゴから始まる」のだ。

樋口:あれからいろいろと話をしていって……こうやって「人々舎」のロゴができたわけだけど。どんな風にイメージしてつくっていったんです?

吉岡:そうね……そこはやっぱりその、なんだろう……「命命舎」の……なんだろう……

:イメージをちょっと引っ張ってる?

:引っ張ってるというかね……「命命舎」でよくなかったところは、怖さもあるんだけどね。それよりも、守られてるみたいな雰囲気があって。

:祖父江さんも言ってた。

:うん。まずは「字面」「カタチ」にネガティヴな印象があるなと。手に取りづらいというかね。そもそも、発信しようっていう出版社の機能があるはずなのに、閉じちゃってるっていう。なんか門を閉じてる感じがね……そこのギクシャク感が、よくなかったなと、たぶん思っていて。

:うん。

:怖さがね、ネガティヴ感が「命命舎」にはあったんだけど……「人々舎」のロゴをつくってたときにね、

:うん。

:最初は「人人舎」だったよね?

:うん(「人人舎」が優勢だったが、結局「人々舎」になった)。

:「人人舎」の字面の可愛らしさが、すごく、いいなと思ってたの。「人人」と並ぶところが。

:うん、うん、うん。

:「人々舎」だと……なんだろう、古風なイメージがあって。それはそれで、いいなとは思ってたんだけど、

:うん。

:見せ方を失敗すると……つまんない古本屋みたいな……

:野暮ったいってことだよね?

:そう。ホコリっぽくて、新しいものというより、ちょっと地味な印象というか。それがあるから、気をつけたいなと思っていて。

:うん。

:だから、「人人舎」のとっつきやすい部分を「形」として「人々舎」に取り入れたいと思って。最初につくってたのは、もうちょっと、かわいいのをつくってたのよ。

:へぇー。

:でも、つくってるうちに、なんか違うぞっていうかね。「人々舎」の「形」をつくっていくうちに、ちょっと怖めというか、「形」が「命命舎」的な怖さを取り入れてきたというか……

:うーん……

:そこはたぶん、樋口さんのアンダーグラウンド感というかね、やっぱり、どっかに入れたいというか、入っちゃうというかね。

:うーん、うん、うん、うん。

:それが入らないとね、成り立たなくなってね。かわいいだけだと、まとまんなかったのよ。どうしても。

:なるほどね、、、

:やわらかく見せることも可能だったんだけど。なんかこう……樋口さんの ……本をつくる上での……人間のその……深い部分を探ってくっていう、たぶんそういうところ。それがないと上辺だけになっちゃうから。

:うん。

:そのニュアンスの「人の奥深い部分」て、どっちかというと、やっぱり怖くなりがちだから。

:うん。

:そこをいかに新鮮に見せたり、受け取りやすくするために、いろいろと試行錯誤していったっていうとこだね。一応そこを両立させようっていう感じのロゴデザインになった。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

わたしは「人間の中身」が見たい。

「屋号を『命命舎』にしたいのはなぜか?」「どんな本を出していきたいのか?」と、吉岡さんに詰められているとき、そう思っていた。「その人」のせざるを得ない所作を目撃したい。自分の奥底に沈み言葉を掴んで帰ってきて、紙に鉛筆で(ボールペンで/万年筆で/筆ペンで/ほかなんでも)、モニターに(スマホに/タブレットに)キーボードで(タッチパネルで)、擦りつけてほしい。書けそうなことではなく、書けそうもないことを書いてほしい。目を背けてきたことは何か、そのとき何があったのか、そのときあなたは何を想ったのか、教えてほしい。(そんなことは不可能だけど)あなたのことが知りたい。あなたの言葉を聴きたい。そんなことを吉岡さんに言ったと思う。

:やっぱり樋口さんを頭に思い浮かべるとね、「命命舎」って言ってたときの重たい部分を取り入れないと、なんか……自分的にはできなかったというか、自然とそうなってきちゃったというか。

:このまえに、かわいいやつがあったんですね……

:「形」になりきれないんだよね。本人とのイメージが合わないと。それっぽくはなるんだけど。いや、違うなってね。

:うーん。

:「形」をどんどん変えていって、組み合わせをいろいろと変えていって、移動とかをしていくなかでこの「形」になったときに、あー、この方向だっていうのがね、やっと見えてきたと。

:古風なところと、開いていくところっていうのが……絶妙というかね。このロゴは。

:そう。一応そこは、入れられたかな。

:大昔にこういうロゴがあったっていいっていうかさ。古新しいっていうか、新し古いっていうかね。

:このぐらいの落としどころが、より新鮮に感じられるかな、と。

:でもまあさ、こうやって話したりして、そこがやっぱり……最後の引っかかりになったってことだよね? 会って、その人柄で判断するというかさ。そういうところからは、逃れられないっていうかさ。

:ずっと前から人柄は知ってるからね。だから初めて依頼に来た人よりも、ずっとその情報があったぶん、こう導く、導いていくっていうのがあったかもしれないね。

:結局さ、そんな吉岡さんにいろいろ頼んでるっていうのは、よかったっていうか、そうでしかなかったなとは、結果的に思ったよね。

:うんうんうん。

:じゃあまあ、これで最後なんだけども。

:うん。

:人々舎に命を吹き込んでもらったので、祖父江さんと並んで、恩人になったわけですよ、吉岡さんは。だから、独立してやってくぼくに向けて、なんか激励の「ひとこと」を……

:ははははは。

:なんかメッセージを。

:メッセージ……

:うん。

:そうね……激励の……そうね。まあ、今までもなんだかんだ、好きなようにしかできないタイプだとは思うんだよね。この立場になったらね、よりしがらみがないからね。違うしらみもあるとは思うけど、もう思うようにやるしかないからね。

:うん。

:それを思う存分、

:ふふふふふ。

:思う存分、やりたいことを、やっていってほしいかなと。うん、思いますね。

:はい。

:で、自分もできる限り、思う存分、そこに力を貸せたらなと思います。

:ありがとうございます。

:はい。

:ま、じゃあそんな感じかな。

:うん。

:はい。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

屋号をさまよう ❼ 言葉とともに」へ続く

樋口聡ひぐち・さとし

1976年生まれ。茨城県水戸市出身。ひとり出版社・人々舎(ひとびとしゃ)代表。27歳のときに、バンド活動及びフリーター生活から出版業界へ。以降、編集の真似事と退廃の20年を過ごしたのち、2020年に独立。「本にむすうのうつくしさを。」をスローガンに、東京都中野区にて人々舎を始める。

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