2023.08.01
3日間のコズフィッシュ生活を終えて、「あの日、起きたこと」を数日寝かす。自分のなかで、「あの日、起きたこと」の意味を考える。
それにしても……コズフィッシュは、わたしが知っている組織とはまったく違っていた。そこには、「忖度」「保身」「癒着」「隠蔽」「恫喝」なんてひとカケラもなかった。少なくともわたしは感じなかった。あるのは、純粋な、至ってシンプルな、モノをつくるコンセンサスと、ほどよい緊張感だ。それ以上でも以下でもない。所属するデザイナーは祖父江さんに教えを乞い、そしてご機嫌に応える。祖父江さんは歩き周りながら鼻歌さえ歌う。何人もの来客があり、何本もの打ち合わせがある。それらは大いに盛り上がる。みんな、少し疲れているが笑顔だ。耳だけを残し、わたしはその場に溶ける。ここは善きところだと思える。「本」に関わる人は、コズフィッシュ生活を体験してみるといいと思う。チャンスがあれば。
あらためてセプテンバーカウボーイ・吉岡秀典さんにメールを入れる。いくつかのやりとりを経て「人々舎」に決定する。ロゴはどんなものになるのだろうか。
「人々舎」——ずっと前からどこかにあったような、でも誰から発見されず、拾われることを待っていたような、そんな雰囲気を持つ屋号だ(この時点で、日本にこの屋号は存在しなかった)。わたしが拾ったというか、元々拾うように決まっていた——拾わされた——というか、そんな不思議な感覚があった。そういえば、最初に決めていたことの3つのうち、
1と2は含まれていた。3については、今となってはもうどうでもよい。どうかしていた。「人々」を辞書で引いてみた(辞書が好きなので)。
大辞泉【第二版】より
著者も読者も「本」に関わる人はみんな個人だ。しっくりくる。控えめに言って——自分にとって——これ以上の屋号はないだろう。とうとう屋号が決まったのだ。
しばらくして、吉岡さんの手により「人々舎」のロゴが完成した。
樋口:あれからいろいろと話をしていって……こうやって「人々舎」のロゴができたわけだけど。どんな風にイメージしてつくっていったんです?
吉岡:そうね……そこはやっぱりその、なんだろう……「命命舎」の……なんだろう……
樋:イメージをちょっと引っ張ってる?
吉:引っ張ってるというかね……「命命舎」でよくなかったところは、怖さもあるんだけどね。それよりも、守られてるみたいな雰囲気があって。
樋:祖父江さんも言ってた。
吉:うん。まずは「字面」「カタチ」にネガティヴな印象があるなと。手に取りづらいというかね。そもそも、発信しようっていう出版社の機能があるはずなのに、閉じちゃってるっていう。なんか門を閉じてる感じがね……そこのギクシャク感が、よくなかったなと、たぶん思っていて。
樋:うん。
吉:怖さがね、ネガティヴ感が「命命舎」にはあったんだけど……「人々舎」のロゴをつくってたときにね、
樋:うん。
吉:最初は「人人舎」だったよね?
樋:うん(「人人舎」が優勢だったが、結局「人々舎」になった)。
吉:「人人舎」の字面の可愛らしさが、すごく、いいなと思ってたの。「人人」と並ぶところが。
樋:うん、うん、うん。
吉:「人々舎」だと……なんだろう、古風なイメージがあって。それはそれで、いいなとは思ってたんだけど、
樋:うん。
吉:見せ方を失敗すると……つまんない古本屋みたいな……
樋:野暮ったいってことだよね?
吉:そう。ホコリっぽくて、新しいものというより、ちょっと地味な印象というか。それがあるから、気をつけたいなと思っていて。
樋:うん。
吉:だから、「人人舎」のとっつきやすい部分を「形」として「人々舎」に取り入れたいと思って。最初につくってたのは、もうちょっと、かわいいのをつくってたのよ。
樋:へぇー。
吉:でも、つくってるうちに、なんか違うぞっていうかね。「人々舎」の「形」をつくっていくうちに、ちょっと怖めというか、「形」が「命命舎」的な怖さを取り入れてきたというか……
樋:うーん……
吉:そこはたぶん、樋口さんのアンダーグラウンド感というかね、やっぱり、どっかに入れたいというか、入っちゃうというかね。
樋:うーん、うん、うん、うん。
吉:それが入らないとね、成り立たなくなってね。かわいいだけだと、まとまんなかったのよ。どうしても。
樋:なるほどね、、、
吉:やわらかく見せることも可能だったんだけど。なんかこう……樋口さんの ……本をつくる上での……人間のその……深い部分を探ってくっていう、たぶんそういうところ。それがないと上辺だけになっちゃうから。
樋:うん。
吉:そのニュアンスの「人の奥深い部分」て、どっちかというと、やっぱり怖くなりがちだから。
樋:うん。
吉:そこをいかに新鮮に見せたり、受け取りやすくするために、いろいろと試行錯誤していったっていうとこだね。一応そこを両立させようっていう感じのロゴデザインになった。
吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日
わたしは「人間の中身」が見たい。
「屋号を『命命舎』にしたいのはなぜか?」「どんな本を出していきたいのか?」と、吉岡さんに詰められているとき、そう思っていた。「その人」のせざるを得ない所作を目撃したい。自分の奥底に沈み言葉を掴んで帰ってきて、紙に鉛筆で(ボールペンで/万年筆で/筆ペンで/ほかなんでも)、モニターに(スマホに/タブレットに)キーボードで(タッチパネルで)、擦りつけてほしい。書けそうなことではなく、書けそうもないことを書いてほしい。目を背けてきたことは何か、そのとき何があったのか、そのときあなたは何を想ったのか、教えてほしい。(そんなことは不可能だけど)あなたのことが知りたい。あなたの言葉を聴きたい。そんなことを吉岡さんに言ったと思う。
吉:やっぱり樋口さんを頭に思い浮かべるとね、「命命舎」って言ってたときの重たい部分を取り入れないと、なんか……自分的にはできなかったというか、自然とそうなってきちゃったというか。
樋:このまえに、かわいいやつがあったんですね……
吉:「形」になりきれないんだよね。本人とのイメージが合わないと。それっぽくはなるんだけど。いや、違うなってね。
樋:うーん。
吉:「形」をどんどん変えていって、組み合わせをいろいろと変えていって、移動とかをしていくなかでこの「形」になったときに、あー、この方向だっていうのがね、やっと見えてきたと。
樋:古風なところと、開いていくところっていうのが……絶妙というかね。このロゴは。
吉:そう。一応そこは、入れられたかな。
樋:大昔にこういうロゴがあったっていいっていうかさ。古新しいっていうか、新し古いっていうかね。
吉:このぐらいの落としどころが、より新鮮に感じられるかな、と。
樋:でもまあさ、こうやって話したりして、そこがやっぱり……最後の引っかかりになったってことだよね? 会って、その人柄で判断するというかさ。そういうところからは、逃れられないっていうかさ。
吉:ずっと前から人柄は知ってるからね。だから初めて依頼に来た人よりも、ずっとその情報があったぶん、こう導く、導いていくっていうのがあったかもしれないね。
樋:結局さ、そんな吉岡さんにいろいろ頼んでるっていうのは、よかったっていうか、そうでしかなかったなとは、結果的に思ったよね。
吉:うんうんうん。
樋:じゃあまあ、これで最後なんだけども。
吉:うん。
樋:人々舎に命を吹き込んでもらったので、祖父江さんと並んで、恩人になったわけですよ、吉岡さんは。だから、独立してやってくぼくに向けて、なんか激励の「ひとこと」を……
吉:ははははは。
樋:なんかメッセージを。
吉:メッセージ……
樋:うん。
吉:そうね……激励の……そうね。まあ、今までもなんだかんだ、好きなようにしかできないタイプだとは思うんだよね。この立場になったらね、よりしがらみがないからね。違うしらみもあるとは思うけど、もう思うようにやるしかないからね。
樋:うん。
吉:それを思う存分、
樋:ふふふふふ。
吉:思う存分、やりたいことを、やっていってほしいかなと。うん、思いますね。
樋:はい。
吉:で、自分もできる限り、思う存分、そこに力を貸せたらなと思います。
樋:ありがとうございます。
吉:はい。
樋:ま、じゃあそんな感じかな。
吉:うん。
樋:はい。
吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日
「屋号をさまよう ❼ 言葉とともに」へ続く