屋号をさまよう ❹ 言葉にならない

第4回屋号をさまよう ❹ 言葉にならない

2023.07.18

Date 10/8/2020 2:40 PM
From higuchi@xxxxxxxxxxx.com
To sepcow@xx.com
Subject 樋口です。出版社やることにしました。
Attachments 屋号イメージ2.pdf


 

吉岡さま

どうもご無沙汰でした。世の中、大変なことになっていますが、元気だったですか??

こちらは、お金のことがやっと決着しまして(半年近く、大変でした。。)、出版社をやることにしました。

そしてまた時間がかかって屋号(社名)が決まりまして(これも大変でした。。)、やっと始められるわと思っていたのですが、(大げさだけど)自分の人生を懸けるわけだから、屋号(社名)の見せ方について、書体・ロゴ、をちゃんとしたほうがいいのではないかな、と。そこで、どんなやり方が一番いいかなどを、吉岡さんに相談できないかなと思ったのです。

屋号は、命命舎(めいめいしゃ)になりました。これに決めた! っていうよりも、自分の中で手触りがある言葉を探して探して出しまくって、最後の最後に残って、これにするしかないかっ、てなったのが、こちらです。

屋号は自分自身みたいなところがあるので、誰にでも相談、頼めるわけではなく、やはり吉岡さんかなと。 どうでしょうかね。そもそも職種が違う??? 自分でイメージするためにつくってみた資料を添付してみます。

もし、話を聞いてもらえそうでしたら、事務所に行きます。そういえば、高円寺のあたりに引っ越したんですよ。

樋口

(忘れもしない)2020年10月13日。メールで何度かやりとりをして設定した20時の5分前、JR代々木駅西口に降り立つ。セプテンバーカウボーイ・吉岡秀典さんの事務所へ向かうためだ。リュックの中には「命命舎」と書かれたプリントアウトが入っている。この屋号を吉岡さんにデザインしてもらえたら、と思うと胸が高まる。

事務所は駅前にある東物産ビル2階の26号室。居心地がよいので、ついつい長居してしまう味わい深い場所だ。そんな出版関係者が多いのではないかと想像する(老朽化による取り壊しのため、2022年末に残念ながら事務所は引っ越した)。

階段を登りドアの前に着く。軽くノックする。コツコツコツ。しばらく待つと吉岡さんが出てくる。靴を脱いで部屋へ入る。コーヒーを出してくれる——ここまではいつも通りだが、ここからが違った。わたしはてっきり、独立のことを応援してくれることと合わせて、さっそくロゴデザインの話になるのかと思っていた。ところが、とにかく「命命舎」は考え直したほうがいい、と強く引き止められたのだ。

なんとか決めた自分の屋号(言葉)を、吉岡さんに書体/ロゴ化のデザインを頼みに相談をした。選んだ文字や並びが外に向かっていない、閉じている印象でひと目見てこれはよくないと思ったと感想をもらった。出版社としてのイメージや読者層をどこに向けているのか、未来への心配があった。コンセプトはわかるが、外の目線、つまり読者の目線がないと。自分の底まで沈んで取り出した言葉だから、否定をくらった受け取りになり、何も考えられなくなった。

日記より/2020年10月19日

吉岡:単純にね、何かを守り守ってる感のある、字面からくる安定感が強すぎて、なんかこう、風が通っていかないような。ガチっとした……そうね、怖さのような、ネガティヴ感があったから。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

いろいろな案件をカタチにしてきたデザイナー経験から、「1年に何回か、自分にも他人にも、立ち止まった方がいいと思うときがある。そのときは、考え方をまったく変えることで、良きせぬものが生まれることがある。今がまさにそうなんだ」と、自身の経験を織り交ぜながら熱心に話をしてくれた。『嫌われる勇気』をデザインしたときの2つのことだ。

嫌われる勇気——自己啓発の源流「アドラー」の教え
日本におけるアドラー心理学ブームを牽引した本。著者は岸見一郎古賀史健 。版元はダイヤモンド社/2013。続刊の『幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』とあわせて、全世界で1000万部を突破したんだそう(2022年12月1日現在)。

ひとつ目の話はこうだ。この本の依頼があったとき、すでにタイトル(書名)が決まっていた。でも「嫌われる勇気」と一列に文字を横置きすると(デザインすると)、「嫌われる」という言葉が強すぎる(ネガティヴに感じられる)。今でこそ『嫌われる勇気』は書名としても言葉としても広く世間に浸透しているが、まだ本にもなっていない当時(2013年)は、相当な違和感があったという。担当編集者の柿内芳文とは過去に数冊つくったことがある。

柿内芳文(かきうち・よしふみ)
『嫌われる勇気』の編集担当。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 』をはじめ、数々のベストセラー本を企画・担当してきたオバケ編集者。

だが、今まで柿内氏が持ってきた企画タイトルに違和感を覚えたことはない。違和感どころか、もはや機能的ですらあった。そこで柿内氏にタイトル再考を相談してみる。

吉岡:「嫌われる勇気」というタイトルなんですが、ほかの可能性はありますかね?」って柿内さんに聞いてみたら、「ちょっと、もう1回考えてみます」って考えてくれることになって。

樋口:うん。

:それで、3日ぐらいずっと奥の部屋(当時、同じ階に事務所を借りていた)で、「うー」とか、うなり声あげて言いながら考えてくれて。

:うんうん。

:3日目の朝早くに、ドアをゴンゴンってノックして来て。

:うん。

:「3日間考えたけど、もうこれしかないです」と返事があったの。あの……タイトル職人の柿内さんが、それを言ったなら、もうそれはそうだなと納得して。

:うん。

:そこまで言われたら、これしかないだろうなと思って。自分も、このタイトルでなんとかデザインしようと。やってみますと答えたんだよね。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

デスクに戻り、再び『嫌われる勇気』の文字配置に取り掛かる。試行錯誤を重ねるうちに、「嫌/われる/勇気」と改行した現在のデザインに辿り着いた。するとどうだろう、ネガティヴな要素が薄れて、当初に感じられた違和感がなくなったのだ。見え方が変容した。これだったらいける、となった。ひとつ目の話。

ふたつ目の話。どんな企画のブックデザインの依頼を受けたときでも、吉岡さんがまず最初にやることは、造本プランの作成だ。こちらは、人々舎で刊行した、インベカヲリ★『私の顔は誰も知らない』の造本プラン。

当初は違う仕様だった『嫌われる勇気』の造本プランをダイヤモンド社へ提案してみるが、どうしても通らない。理由は、増刷時の印刷に時間がかかり過ぎるから。手配に難のある紙や特殊な印刷・加工の仕様だったのだろう。そこで考え方を変えることにした。印刷に時間がかかり過ぎるのであれば、かからない仕様にすればよい。名簿などによく使用される紙(レザック66の青。『幸せになる勇気』は赤)を、カバー用紙に選んだ。これならば紙屋さんからなくならないだろう。このアイディアはピタりとハマり、現在のカタチとなった。これがふたつ目。

それそれは真摯な態度で、賢明に語りかけてくれる吉岡さん。

だが、本当に申し訳ないけれども、話のほとんどがわたしには入ってこなかった。というか耳を塞いでいた。わたしは身体を投げるのだ。生き直すのだ。言っていることはわかる。ネガティヴなのだろう。閉じているのだろう。外の目線がないのだろう。そうかもしれないし、実際にそうなのだろう。今は考え直すチャンスなのだろう。でも、それがどうした。だからどうした。これは魂の奥底から拾ってきた言葉なのだ。それをまっとうすること以外に、なんの意味があるというのだ。それでダメなのであれば、それまでなのだ。だけど……なんで……こんなにも揺さぶられるのか……

わたしは、態度をどんどん硬化させていった。

吉岡:もうね、なんか頑なに、絶対にこれで行こうとしていて、まったく人の話を聞かなそうだったから。何これ! と思ったけどね。これは変わんなそうだなと思ったけど……でも、考え直させるのは自分しか……今のところ、今の状態だといないから、言うしかないなと思って相当言ったんだけど。「全然これで行きますから」感があったよね。

樋口:そうね……で……また、そこでいろいろと重なってるのが、次の日から3日間、仕事で祖父江さんのところ(コズフィッシュ)へ行くっていうことだったんだよね。

:それなら「もう祖父江さんに聞いてみなよ」って、言ったんだよ。

:そうそうそう。

:でも「絶対やだ」とか言って!

二人:笑

:まあ、そこはまた違うベクトルで仕事が進行していたんだよね。まず、吉岡さんと最初に出会って仕事をしていて。そこで祖父江さんの不思議な話をやたらと聞いてたから(事務所で突然歌い出すとか、そんな話)、仕事することはないだろうなと思ってたわけだよね。だけど、前職で企画した本が、祖父江さんじゃないとダメだなってことがあってね。辞めたけど担当は続けていて。でも、そこでの祖父江さんとの関係性はもう、なんかもう……

:うん。

:冗談を言い合う関係になっちゃってたから。

:すごいよね、それは。

:それはもう、ふざけた感じになっちゃってるから。独立するとか、屋号がどうのなんて言ったら、もう馬鹿にされてしょうがないから。ちゃかされるんじゃないかと。吉岡さんほど、真剣に取り合ってくれないだろうって、こう思ってたわけだから。でも吉岡さんがね、「まああまあ、試しに聞いてみたら」と。

:うんうん。

:じゃあ「自分からは言わないけど、話を振られたらね」って話をして。

:うん、うん、うん。そうね。

:そしたら、まんまと聞いてきて。

:うん。

吉岡秀典さんへのインタビューより/聞き手:樋口聡(人々舎)/2020年12月15日

屋号をさまよう ❺ 言葉が生まれる」へ続く

樋口聡ひぐち・さとし

1976年生まれ。茨城県水戸市出身。ひとり出版社・人々舎(ひとびとしゃ)代表。27歳のときに、バンド活動及びフリーター生活から出版業界へ。以降、編集の真似事と退廃の20年を過ごしたのち、2020年に独立。「本にむすうのうつくしさを。」をスローガンに、東京都中野区にて人々舎を始める。

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